私達は車の傷やヘコミの板金塗装を見積もる際、その傷やヘコミが板金修理で直るのか、それとも交換を要するのかを見極めるのと同時に、その車の塗装作業の場面をイメージします。このヘコミは鈑金するとしてパテが入るのはどのくらいの範囲だろうか、すると(サフェーサーはパテより広い範囲で塗装するので)サフェーサーでシールする範囲はどこまでだろうか、どれくらいの範囲を塗装すれば隣接するパネルとの色の差異を生じさせずにきれいに仕上げられるだろうか、という具合に先ずイメージするのです。特に自費修理の場合には、塗装する範囲によってお客様の修理費の負担が変わってしまうので、どうにかして修理費用を抑える手立てはないかも踏まえて塗装範囲を慎重に検討します。
塗装する範囲を決めるうえで、私たちは「ぼかす」「切る」という表現を頻繁に使います。車の塗装では、ぼかせるのかぼかせないのか、そしてどこでぼかすのか、どこで切れるか、がとても重要になります。塗装の出来栄えにかかわるのは言うまでもないのですが、修理費用に直結するからです。
ですから、お見積りにご来店頂くお客様には必ず、車を前にして塗装の「ボカシ」や塗装を「切る」ということについてできるだけ解りやすくご説明しています。
塗装の「ボカシ」は塗料を薄めて塗ることで、ボディー色であるベースコートのボカシとトップコートであるクリア塗料のボカシの2通りがあります。塗装を「切る」のはトップコートであるクリア塗装をどこかの部位で切ることです。
■色のボカシ
車の塗装色は、腕の良い塗装職人がどんなに高い精度で調色しても全く同じ色を再現することはできません。95%、98%と元色に限りなく近づけることはできても100%にすることはできないのです。
調色を何度も繰り返し職人の目にはピッタリと色が合った状態だとしても、実際には100%ではありません。そのため塗装職人はベストを尽くして調色したうえで、色をぼかすのです。
例えばドアパネルを板金した場合、そのパネルの中で色をぼかすことができれば隣のフェンダーパネルとの色の差異は生じませんので板金したドアだけを塗装すれば済みます。しかしぼかすことができなければ、隣接するパネルをぼかさなくてはなりません。隣のパネルが無傷であってもドアとの近接部分だけにベースコート(色)を塗装し、全面にトップコート(クリア塗料)を塗装することによって色の差異が出ないようにしなくてはなりません。
【ダメージのあるパネル内で色がぼかせる場合】
メルセデスベンツCクラスの2ドアクーペですが、左のドアとリアフェンダーを大きくへこませてしまい、板金でヘコミを修理しました。
画像は、鈑金・サフェーサー塗装・下地処理の作業が完了し、塗装ブースの中でマスキング(養生)と脱脂を終え塗装する準備が整った状態です。
赤線で囲った部位がサフェーサーでシールされた修理部位です。
赤枠の外側はクリア塗膜を研いで足付けしています。サフェーサーが塗装された部位には調色したベースコートを塗装して色をしっかり染めなくてはなりませんが、クリア塗膜を研いだだけの部位は、ベースコート(色)を塗装しなくてもトップコート(クリア塗料)を塗装すれば色艶は元通りに復元します。
このケースでは、サフェーサーでシールした修理部位と隣接するフロントフェンダーやトランクリッドとの間に色をぼかすだけの十分な距離がありましたので、板金した2パネル内で色を散らしてぼかし、フロントフェンダーとトランクリッドの境界部位に色を塗装しないようにできました。
先ずサフェーサーでシールされた部分にベースコートを吹付けます。通常2回の塗装で色は染まりますが、赤など染まりが悪い色の場合には3~4回塗り重ねることもあります。
色を染めた部位を中心に外側に向けてグラデーションをかけるように徐々に薄く薄く色を吹付けます。メタリックや淡色車の場合には色をシンナーでさらに希釈して広範囲に色を散らしてボカシます。画像のウェットな部分がベースコートを吹付けた部分で、フロントフェンダーとの境界部は色がかかっていません。
リアフェンダーの後部にも色は吹付けていないので、トランクリッド、さらにはリアバンパーとの境界部にも色はかかっていません。
このようにしてパネル内で色をぼかし、ベースコートが乾いたらクリア塗料を全面に塗装します。
画像の矢印で示した部位は養生紙に色がついていないので、クリア塗料が塗装されただけだということがお判りいただけるかと思います。
完成すれば、パネル内のどこでぼかしたかは判りませんし、どの角度から見ても修理していないパネルとの色の違いはありません。
【ダメージのあるパネル内で色がぼかせない場合】
アルファロメオブレラですが、右のドアを大きくへこませてしまいました。
ヘコミを板金してパテを付けると、後方は問題ないのですが、隣接するフロントフェンダーとの間には色をぼかすための十分なスペースがありません。
その場合にはダメージの無いフロントフェンダーにボカシ塗装をします。
フロントフェンダーの塗膜を足付けし、ドアに接する部位に赤のベースコートを塗装します。フェンダー全面を塗ってしまうと、ボンネットとフロントバンパーとの色の差異の問題が生じますので、前方に向けて色を薄くしてぼかします。そしてクリア塗料をドアとフロントフェンダーの2面に塗装します。
メタリックやパールが含まれ、見る角度で色調が違って見える色は、調色が上手くできたと思っても実車に塗装してみると大なり小なり色の違いが出てしまいますが、このアルファロメオの赤のようにメタリックやパールを含まないソリッドカラーであれば、ブロック塗装と言いますが、隣接パネルをぼかさずにドアだけを塗装することもございます。
保険修理であれば、色の違いが解消できないリスクを当社もお客様もとる必要はないので隣接するパネルはぼかしますが、自費修理の場合には、色合わせのためにフロントフェンダーを塗装するかどうかで修理費用が変わってしまいますので、十分なご説明をしたうえで、最終的にはお客様にご判断していただきます。
修理費用を抑えるかノーリスクな修理品質をとるかということです。
色の違いというのは感じ方に個人差があります。プロである私達が合ってると思っても、車が傷付いたことによるネガティブな感覚のせいなのか、お客様には色が違って見えてしまう場合もありますので、塗装に関してはできるだけ解りやすく丁寧にご説明するように心がけています。
もう1例は左のリアドアとリアフェンダーをこすってしまったプジョー508SWです。
リアフェンダーは板金できましたが、ドアパネルはダメージが酷く新品パネルに取替えました。
ボディー色はホワイトパールです。新品パネルですので全面に色をかけなくてはなりません。
フロントドアを塗装しないと前後のドアで色の違いが出てしまいますので、フロントドアにボカシ塗装を行いました。
フロントドアの後部から前に向かってグラデーションのように色をぼかします。フロントフェンダーに近い部分には一切色をかけません。
そして前面にクリア塗料をかければ左側面はどの角度から見ても色の違いが無いということになります。
板金塗装の修理費用は、キズやヘコミの大きさによって板金する時間が変わるので工賃が上下しますが、大きさよりむしろどこにキズやヘコミが付いたかのほうが、それによって塗装する範囲が異なってくるので、修理金額への影響は大きいかもしれません。少し大きめでもドアの中央部がへこんでいればそのパネル内で色をぼかすことができますが、小さな傷やヘコミであっても隣のパネルに近いところにあれば、隣のパネルまで塗装しなくてはならなくなるからです。
■クリア塗装のボカシ
私達は必要に応じてクリア塗料を薄めてぼかすことがあります。クリア塗料をぼかす目的は、自費修理の場合の費用の削減です。代表的なのは、リアフェンダーを塗装する際にCピラーでクリア塗料をぼかす場合とバンパーの部分補修です。塗り面積を小さくすることで修理費用をできるだけ低く抑えるのです。
リアフェンダーを塗装する場合、保険修理であればCピラーからルーフサイドを通してフロントピラーの先端のパネルの切れ目までクリア塗装を行うのですが、自費修理の場合にはCピラーの狭い部分でクリア塗料をぼかすことがよくあります。
ぼかしたい部位にベースコートの塗料ミストがかからないように養生して色を塗装します。
養生紙をはがしてクリア塗装を行い、最後にCピラーのできるだけ狭い部位に塗料を徐々に薄めて塗装し、ぼかします。
塗膜がしっかり硬化してから磨きをかければ全く判らなく仕上がります。
クリア塗料をぼかすテクニックを使うとバンパーの傷の修理を安くきれいに仕上げることができます。
BMWのリアバンパーですが、この程度ならバンパーを一本塗装しなくてもクリア塗料をぼかしてバンパーの半分ほどの面積を塗装すれば綺麗に仕上がります。
プロが見てもどこでどうぼかしたか判らなくなります。
バンパーの傷を削り落として平滑に仕上げます。
修理した部分をサフェーサーでシールして
バンパーの幅の狭い部位でクリア塗料をぼかします。
なぜ狭い場所でぼかすのかと言いますと、あくまでも透明なクリア塗料を薄めて塗装しているだけですので、その部位の塗膜の厚みは極極薄く耐久性に乏しいのです。ですからそのリスクを極力少なくするためにできるだけ狭い部位でぼかすのです。
■絶対にしてはいけないボカシ塗装とは
修理費用を安くするためだからと言ってどこでぼかしても良いというわけではありません。
「安かろう悪かろう」、「安物買いの銭失い」という喩がありますが、格安で短時間で作業が終わる修理ではとんでもない仕上がりになる場合があるので注意が必要です。
最小面積の塗装でとにかく安く修理を依頼したら画像のような酷い仕上がりになってしまった実例です。
リアフェンダーのホイールアーチにできたわずか3㎝ほどのヘコミを格安修理業者に依頼して15,000円で修理したそうですが、酷すぎる仕上がりで戻ってきたそうです。
当社で板金をやり直しリアフェンダーを塗装し直しました。
クリア塗料はピラーの狭い部位でぼかしました。
格安業者さんはとにかく小さい面積ということで赤線のようにぼかしたのでしょう。クリア塗料のぼかしは、赤枠のようなとにかく狭い部位で、というのが鉄則です。
■クリア塗装をプレスラインで切るという技法
ボカシ塗装以外に塗装職人がよく使う方法として、クリア塗装をプレスラインで切る方法があります。パネルの角度の付いたラインの頂点でクリア塗装を切り、なおかつその痕を判らなくする技法です。
この塗装をする目的も、自費修理の場合のコスト削減です。
BMWの左リアドアとリアフェンダーに付いた傷とヘコミをこの技法を使って修理しました。
画像は板金・サフェーサー塗装・下地処理を終え、塗装ブースの中でマスキング(養生)を始める状態です。
緑線のプレスラインの頂点でクリア塗装を切ることで、矢印で示したリアドアの水切りモールとサイドウインドウガラスの脱着をしないできれいに塗装を仕上げます。
モールやガラスは取り外して塗装するのが、塗装を綺麗に仕上げる本来の方法なのですが、水切りのモールは取り外すと再使用できない可能性が高く、そうなると部品交換が必要になります。サイドウインドウガラスの脱着工賃と合わせると3万円位費用がかかることになるので、プレスラインでクリア塗装を切ることができればその分修理費を抑えることができます。
プレスラインで切れるか否かは、サフェーサーでシールした修理部位の際とプレスラインとの間にベースコート(色)をぼかせる充分な距離があるかどうかによります。
プレスラインの頂点で透明なクリア塗料を上手く切るから痕が判らなくできるので、そこに色がかかってしまうとどうしても痕が残ってしまいます。
クリア塗装を切りたいプレスラインの頂点を露出させた状態でマスキング(養生)を行います。
そしてプレスラインには「ダブルテープ」を貼り付けます。「ダブルテープ」というのは、テープを幅5分の1程の所で折り曲げ、糊面通しを合わせたテープのことをそう呼びます。テープを折って糊面通しを合わせると、例えば幅10mmのテープが8mm程に仕上がります。
8mmの内6mmは糊が付いていて、2mmには糊が付いていないテープが出来上がるわけです。
画像のように、器用に8mm幅の長いテープを延ばして、沢山作ってマスキングに使います。
テープをそのまま貼ってしまうと、塗装後にテープを剥がしたとき、くっきり塗料の段差ができてしまいます。ダブルテープはこの段差を解消するために使用します。
塗料が入るか入らないかギリギリの隙間を作るわけです。
塗装を切りたいプレスラインに沿って、ダブルテープを慎重に貼り付けていきます。
ダブルテープを貼り付けるとマスキング完了です。プレスラインできれいに塗装を切るのは熟練した技術が必要です。ぼかすのも難しいのですが、切るのもとても難しいのです。
切り口を判らなくするためには、ダブルテープを貼った付近の塗装の膜厚をやや薄くする必要があります(ボカシではありません)。通常よりも薄い膜厚でも塗肌を整えなくてはなりません。
ダブルテープ直近までしっかりと塗膜を付け、かつテープには塗着させないために、塗面に対してガンの角度を工夫したり、エアー圧や塗料の吐出量、さらにはガンのストロークスピードを調整する職人の技が大切になります。
クリア塗装の切り口は塗膜が硬化してからサッと磨けば完全に消えて判らなくなるのです。
目を凝らして見ても、まるで何事も無かったかのように完璧に仕上がります。